■日本サッカーの「希望の光」に…

 枚方サッカークラブでは、当時中学1年生だった佐々木博和(後に松下電器、ヴェルディ川崎、セレッソ大阪)のプレーに文字どおり度肝を抜かれた。近江さんはかねてから「日本人は白人よりも個人技がうまくなれるはず」と公言していたが、その明確な証拠が佐々木だった。彼のような「天才」が何人もいたわけではない。しかし枚方の少年たちは例外なく見事なボール扱いと身のこなしを身につけ、しかも誰もが自分の頭で考えながらプレーしていた。地面に図を書いて練習の手順を説明すると、あとは何も言わずに、寒風のなか、近江さんはじっと少年たちの動きを見守っていた。

 少年たちの見事なプレーは、もちろん近江さんの独創的なトレーニングの賜物だった。「指導次第でこれだけできるようになる」―。それは、1968年のメキシコ・オリンピック以来低迷していた日本のサッカーにとって間違いなく「希望の光」になる集団だった。薄暗くなった小学校の校庭で黙々とプレーに取り組む少年たちを写した今井さんの写真も素晴らしく、グラビア5ページのルポルタージュは完成度の高い記事となった。

つづく

 

(3)へ続く
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