大住良之の「この世界のコーナーエリアから」第180回「51年前の寒くて熱かった冬」(1)日本最高FWが天皇杯決勝でゴール!ベッケンバウアー来日の興奮を超えた「香港人アイドル」との邂逅の画像
国立競技場で元日開催された天皇杯決勝で試合を決めたのは、ヤンマーディーゼルの釜本邦茂だった。

 サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、忙しかった正月の記憶。

■7回目の「元日開催」

 年末の訪れとともに寒波がやってきた。12月26日、東京は朝から北西の風が強く、昼過ぎから気温が急速に下がって夕方には5度を切った。まさに「身を切るような寒さ」だった。そして日本海側から関東北部の山間部にかけて急激に雪が積もり、群馬県の関越自動車道ではトラックのスリップをきっかけに67台もの車が追突するという大事故まで発生した。

 その寒さの中、思い出したのが、私が『サッカー・マガジン』の編集スタッフになって2年、1975年の1月の寒さだった。

『サッカー・マガジン』にとって、この正月はなかなかの忙しさだった。元日には東京の国立競技場で恒例(といっても7回目だった)の天皇杯決勝があった。「ヤンマーディーゼル(現在のセレッソ大阪)×永大産業」というフレッシュな顔合わせとなったが、1-1で迎えた後半22分、吉村ネルソンからパスを受けた釜本邦茂がゴール右の角度のないところからGKの頭上を破る豪快なシュートを決め、ヤンマーが2回目の優勝、そして日本サッカーリーグ(JSL)との2冠に導いた。

 高校選手権は1月3日に開幕するのだが、当時はまだ関西で開催されており、その担当は毎年京都出身の先輩ということになっていた。だから私はこたつに入ってテレビで試合を見るだけだった。

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