■メディアは「紙からデジタルへ」の移行期だった

 記者やカメラマンの仕事も、現在とは大きく違った。1994年大会の取材や原稿送りは、「紙からデジタルへ」の移行期だった。

 1984年にフランスで欧州選手権(EURO)を取材したとき、隣に座ったフランス人記者が小さなパソコンで原稿を打ち、その記事を「音響カプラー」を使って会社に送ろうとしているのを見て驚いた。記事のデータを「ザー」というような音声に変換し、それを大きなヘッドホーンのようなもので拾って電話線に乗せ、会社のコンピューターに送り、そこで文字データに戻すのだという。サポーターの歓声が入ってエラーが出るとこぼしていたが、原稿といえば手書きしか考えられなかった日本人としては大いに驚いた。

 26文字といくつかの記号、0から9までの数字の組み合わせだけで表現できる欧州の言語と比較して、ひらがな、カタカナ、そして数千もの複雑な漢字を操らなければならない日本語の「機械化」、すなわち「日本語ワープロ」の開発には大きな時間がかかり、ようやく普及を始めたのは1980年代だった。記者がその小型機を現場に持ち込み、電話線を使った「パソコン通信」で原稿を送るようになったのは1990年代になってからだっただろう。

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