■1947年の「天覧試合」
戦後、1946(昭和21)年に日本蹴球協会が再興され、さっそく全日本選手権が開催された。この年の5月に行われた「全日本選手権」の優勝チームには、後援についた朝日新聞社から提供された「朝日楯」が贈られた。
さて、1947(昭和22)年4月3日、当時はアメリカ軍に接収されて「ナイル・キニック・スタジアム」と呼ばれていた明治神宮外苑競技場(国立競技場の前身のスタジアム)でサッカーの東西対抗が開催された。この試合に昭和天皇が皇太子(現上皇)を伴って観戦に訪れた。そして2-2の熱戦に感激し、試合後、退出される天皇と皇太子に対し、整列してあいさつする選手たちに、天皇は予定外の言葉を贈った。
「本日はよい試合を見せてもらいありがとう。戦後日本の復興はスポーツ精神の復興によるもの多大と思う。どうか、しっかりやってほしい。今日はありがとう」
それまで「神」とされ、一般人の前に顔を出すことなど皆無だった天皇だが、戦後「人間宣言」をし、1946年から全国各地への行幸を行っていた。しかし、スポーツ観戦はこの東西対抗が初めてだった。
そして当時まだ学習院の初等科に通っていた皇太子は、試合後、サッカーボールをプレゼントされ、網に入れたまま蹴って歩き、楽しそうだったという。










