■かつて存在した「JFA杯」
さて、第4回大会以後、全日本選手権は1924(大正13)年に始まった総合競技大会の「明治神宮競技大会」と兼ねて行われるようになっていた。だが、1935(昭和10)年度の第15回大会において、協会は翌年のベルリン・オリンピックへの強化のために全日本選手権を明治神宮大会と分離、独自に開催することにした。そして「FA杯」を明治神宮大会の優勝チームに贈ることになったため、「大日本蹴球協会(JFA)カップ」が優勝カップとなった。
すなわち、この大会から敗戦前最後の大会となった1940(昭和15)年度の第20回大会まで全日本選手権は、「FA杯」でも、もちろん「天皇杯」でもなく、「JFA杯」であったのである。
ちなみに「FA杯」は1937(昭和12年度)の明治神宮大会まで使われたが、反英感情の高まりで翌年からは使用が控えられるようになり、協会事務所に置かれていた。その協会自体が戦争の激化により1942年に消滅して、他の競技団体とともに「大日本体育会」に統合されてしまう。そして1945年、純銀製の「FA杯」は溶かされてしまう。この年の1月19日、他競技を含めたさまざまなトロフィーとともに、戦争遂行のための「金属回収令」に従い、大日本体育会から大蔵省に献納されたからだ。









