■変幻自在のプレー「ゴースト」も
イングランドでは、トットナム・ホットスパーのFWジョン・ホワイトの悲劇がよく知られている。スコットランド出身で、スコットランド代表キャップ22回を誇るホワイトは、22歳の年からトッテナムでプレーし、「ゴースト」と呼ばれる変幻自在のプレーで活躍、1961年の「ダブル」(リーグとFAカップ)、1962年のFAカップ、そして1963年の欧州カップウィナーズカップ(UEFAチャンピオンズリーグの前身のひとつ)で優勝の立役者となった。
オランダのロッテルダムで行われたカップウィナーズカップの決勝戦、アトレチコ・マドリード戦では、前半35分にゴール正面から左足の強烈なシュートで2点目を叩き込み、5-1の勝利に貢献した。このタイトルは、イングランドのクラブにとって欧州のクラブカップ戦での初めての優勝だった。
1964年のシーズンオフ、ホワイトはロンドンの北、エンフィールドにある「クルーズ・ヒル・ゴルフクラブ」で、チームメートであり、同じスコットランド代表の先輩でもあったデイブ・マッカイ(彼がホワイトをトットナムに取るよう進言したという)とプレーしていた。その最中に天候が悪化し、ホワイトは大きな木の下に入って雨宿りした。その大木をカミナリが直撃したのだ。








