■「進まない」本来の事業
当時、ペーゲ博士らが力を入れていたのは「世界サッカー史」の刊行でした。各国にサッカー史の本は存在しましたが、すべての国のサッカー史を同じフォーマットで出版しようという事業でした。まず、19世紀のサッカー史をそろえてから、時代ごとに刊行するということで、お膝元のドイツやイングランド、ベルギーなどから刊行が始まりました。
日本の場合、本格的にサッカーが始まるのは20世紀に入ってからなので、19世紀の各国の歴史が出そろってから日本のことを書いてくれという依頼で、非常に真面目な企画だと思ったので、僕も賛同してメンバーになりました。
サッカー史の刊行と同時に、IFFHSは記録の収集やクラブのランキング、最優秀選手や最優秀審判の選出という事業もやっていました。あくまでも歴史の研究が主体で、こうした表彰は副業だったはずでした。
ところが、サッカー史の刊行はなかなか進まず、そのうち、表彰企画がどんどん増えていきました。投票の依頼がしょっちゅう届いたのです。
しかし、たとえば「最優秀審判」を選べと言われても、僕は(というか誰でも)世界中の試合を見ているわけではありません。1990年代に入ると、日本でもヨーロッパの試合映像は見る機会が増えましたが、南米やアジア、アフリカの試合を観る機会など、あまりありません。








