■「禁断症状」頼みの綱は五つ星ホテル
サワベ・カメラマンの唯一の渇望は、「コーヒー」だった。ホテルのメニューには「コーヒー」があり、それを頼んだのだが、彼によれば飲めたものではなかったという。「代用コーヒーだろう」と私は思った。日本でも戦時中に小麦粉をこがしたものを「コーヒー」と称して飲ませていたと聞いたことがあった。おそらくそのようなものだったに違いない。
ルーマニアがいくら農業大国であると言っても、コーヒーの栽培はできない。輸入するしかない。ソ連への巨額の負債を返済するためのドルを、そんなものには使えない。だから市場にはない。ただし「ドルショップ」にあるのは当然である。
一計を案じた私は、「インターコンチネンタル・ホテルで昼食を食べよう」と提案した。アメリカ系の五つ星高層ホテルである。私の大学時代の友人が勤める日本の大手商社など、外国企業のオフィスは、このホテルの下層階に集中していた。「あそこに行けば、きっとコーヒーが飲めるぞ」と、「コーヒー切れ」の禁断症状を示しつつあるサワベ・カメラマンを励ました。
食事が終わり、私たちはメニューを開いて「コーヒー」を注文した。しかし、ウェイターは冷酷に「ありません」。サワベ・カメラマンの落胆ぶりは、ひどかった。
そのとき、メニューを見ていた私の目に大文字が3つ並んだ言葉が飛び込んできた。「NES」とある。「これはネスカフェじゃないか」「そうかもしれませんね」「ネスカフェでもいい?」「もちろん!」。私は「ではこれ」と、メニューを指さした。だがやはり、ウェイターは冷酷だった。
「残念ですが、それもありません」