■「勇気と賢さ」「無謀さと消極性」は紙一重

 サッカーにおいては、「勇気と賢さ」、「無謀さと消極性」は紙一重のところにある。ピッチに立った選手が何を感じ、どのようにプレーを選択するのか、外から見ている身では、想像するしかない。その想像が本人の感覚と大きくズレていることがあるかもしれない。

 しかし、安全なところ、安全なところにパスを回し、パスを受けた選手がそこから状況を見て2タッチ、3タッチし、考えた末にまた安全なところにパスを回すようなサッカーに人々を惹きつける力はないし、守りを固める相手チームを安堵させるだけだ。カタール戦では、プレーにリズムがなく、一人ひとりの選手がボールを持つ時間が長すぎた。

 私は、ひたすら勇敢に戦えと言っているわけではない。本物の「賢さ」とは、安全なパス回しの中に「変化」が企図され、息の合ったコンビネーションでいきなりスピードアップして相手を驚かせるようなプレーのはずだ。それができるはずの選手たちが、なかなかそうしたチャレンジをしなかったことを問題視しているのである。

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