■「川が汚れるから」意識の高い救出係

 柵から身を乗り出してのぞき込むと、ちょうど、こちら側の護岸の壁にコの字形の金具を一定間隔で打ち付けた「はしご」がある場所だった。「救出係」の若者は右手に急ごしらえの「ボール救出器具」を持ち、両足と左手1本で身軽に降りていく。そこに上流からゆっくりとボールが流れてくる。幸いなことに、ボールはこちら側の岸に近いところを流れている。

 すると「救出係」は左手ではしごをつかんだまま、ひざを折って「救出器具」を持った右手を下に伸ばし、見事に傘の中にボールを拾い上げたのである。上から見守っていた3人の仲間から歓声が沸く。だが「ミッション」はまだ半ば。半分水中にある傘の中は水がいっぱいたまっている。このままでは重くてどうにもならない。どう引き上げ、どうボールを上まで運ぶのか。

「傘と棒は捨ててもいいぞ」と上から声がかかる。

「でも川が汚れるから」と、「救出係」。なんと意識の高い若者だろう!

 彼はまず左手をはしごから離して両足だけでバランスを取って立ち、慎重に傘の中のボールを左手でつかみ上げる。そしてなんと、その左手を大きく振りかぶると、数メートル上の遊歩道にボールを投げ上げたのである。さらに左手ではしごをつかむと、傘を傾けながら水中から引き抜き、身軽になって「救出器具」とともに、スイスイと上がってきたのである。

「ボール救出劇」が行われたのは、彼らがボールを蹴って遊んでいた川べりの公園から400メートルほど下流だった。彼らにとって幸運だったのは、真冬の目黒川は水量が少なく、日本の川としては珍しく眠るようにゆったりと流れていたことだった。彼らはボールを追って下流に走り、400メートル先で川面まで降りられるはしごを見つけた。そしてボールが流れてくる間に知恵を絞り、材料を集めて応急の「水落ちボール救出器具」をつくり上げたのだ。

 ボールを大事そうにかかえ、はしゃぎながら携帯電話を出して記念撮影する若者たちを見ながら、私は何か頼もしさのようなものを感じて、心がポッと温かくなった。日本の「サッカー文化」も、大したものではないか。

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