■皇宮警察に叱られて

 だが1年目のリーグを戦いながら、森の心にはどんどん疑問がふくらんでいった。日本代表選手をかかえ、日本のトップのリーグを戦っていると言いながら、みんなでボールをけることができるのは週末だけ。選手は全員丸の内の三菱重工本社勤務で、多くが営業職。夜遅くまで接待などの仕事があった。なんとか体力をつけようと出勤時間を早め、8時に集まって皇居前広場で走ったりした。最初はボールをけっていたが、皇宮警察が飛んできて叱られた。こんなことでは選手も伸びないし、チームが力をつけていくことなどできない。

 一方、1年目のリーグをリードしたのは、広島の東洋工業(現在のサンフレッチェ広島)と北九州の八幡製鉄だった。ともに本社工場のなかに練習場をもち、終業後ではあっても、毎日練習をして選手たちを鍛えていた。JSL2年目の1966年、三菱には、東京オリンピック代表のGK横山謙三が中央大学から、そしてFW杉山隆一が明治大学から加入する。さらには次代の日本の中心選手とされる山田弘(後に落合)も、東芝を退職して三菱に移籍することになっていた。日本のサッカーにとって宝のような選手を預かるチームがこの状況ではだめだと、森は思ったのだ。

(5)へ続く
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