■努力が生んだ奇跡のゴール
初戦のモロッコ戦では、思いがけなく先制点を許したが、後半にゼーラーが同点ゴールを決め、そしてミュラーが彼らしい至近距離からの押し込みで決勝点をものにした。グループを首位で突破した西ドイツは、準々決勝で4年前の決勝戦の相手、イングランドと当たる。そしてこのときも、4年前の決勝戦と同様、イングランドが赤、西ドイツが白のユニホームを着て小さなレオンのスタジアムのピッチに立った。
イングランドが攻勢をとった。モダンそのもののボールなしのランニングで西ドイツの守備を崩し、後半4分までに2-0とリードを奪ったのだ。西ドイツの反撃ののろしを上げたのはベッケンバウアーだ。後半23分、するするともち上がり、正確なシュートを決めて1点を返す。そして後半37分、「その瞬間」がくる。
猛攻をかける西ドイツ。かろうじてクリアするイングランド。そのクリアボールを、ハーフライン近くでカールハインツ・シュネリンガーが拾い、イングランドのゴールに向かってロビングを送る。ペナルティースポットあたりにいたゼーラーがゴールエリアの右角に向かって走り出る。追いすがるイングランドのアラン・ムレリー。
ゼーラーも体勢が悪い。ボールを見上げて振り返ったため、ゴールラインに背を向けていたのだ。だがその体勢からさらに右外に体を傾けながらジャンプしたゼーラーの後頭部がかろうじてボールをとらえる。するとボールはゆっくりと弧を描き、イングランド・ゴールの左に吸い込まれたのだ。ハンブルガーSVのトレーニンググラウンドの芝をはげさせるほどのヘディング練習。その積み重ねが生んだ「神業」、まさに「奇跡」のゴールだった。