試合は延長の後半3分にミュラーが決勝点を決め、西ドイツが4年前の「リベンジ」を果たす。だが、0-2からの逆転というドラマを生んだのは、最後の最後まで試合をあきらめず、相手ゴールに迫ったゼーラーの魂のこもったヘディングシュートだったことは間違いない。そしてこのゴールは、ゼーラーにとって西ドイツ代表での43ゴール目、最後の得点となった。
■名誉キャプテンにふさわしい人格
「我らがウーベ」と呼ばれ、ドイツ国民から愛された英雄。しかし彼が愛されたのは、その得点だけによるものではない。穏やかで礼儀正しく、ファンにも気持ち良く接し、すべてのサッカー選手のロールモデルとなるような人柄と、常にフェアな態度があったからこそ、彼はドイツが生んだ最高の選手のひとりに数えられ、1954年のワールドカップ優勝チームを率いたフリッツ・ワルターに次ぐ「西ドイツ代表名誉キャプテン」に選ばれたのだ。そうした彼の人格を世界に示したのが、1966年ワールドカップの決勝戦だった。
それから数十年間も話題になり続けたあのゴール、延長後半6分、バーに当たって真下に落ちたジョフ・ハーストのシュート。主審と副審が話した結果、副審が「はいっていた」とうなずき、ゴールが認められた。主審がセンタースポットを指すのを見て、西ドイツの3選手が副審のところに走り寄った。90分終了寸前に西ドイツの同点ゴールを決めたウォルフガンク・ウェーバー、ジギ・ヘルト、そしてウォルフガンク・オベラーツ。激しい口調で副審に詰め寄る3人。そこに寄ってきたのがゼーラーだった。
彼は副審には何も言わず、3人に声をかけ、なおもあきらめきれないウェーバーの肩に手を置いてポジションに戻らせたのだ。どんなに抗議しても変えられようのない判定を強い自己抑制で受け入れ、残された時間で反撃しようというゼーラーの態度は、世界の人びとの心を打った。
若いころから頭がはげ上がり、穏やかな顔をしてひとりで街を歩いていれば、現役当時でも「小太りのおじさん」ぐらいにしか見えなかったに違いないウーベ・ゼーラー。しかし間違いなく彼は20世紀の世界のサッカーを代表するサッカー選手のひとりであり、世界中のファンから敬愛される本物のスポーツパーソンだった。