後藤健生の「蹴球放浪記」第106回「機内で代書屋を開業」の巻(2)空の上で待っていた「衝撃」の画像
アジアカップUAE大会のADカード 提供/後藤健生

 今年はカタールでワールドカップが開かれる。ひと昔前ならば、考えられないことだった。まだ中東がミステリアスな存在だった時代、サッカージャーナリスト・後藤健生は果敢に潜入取材に挑戦していた。

■人間としての価値とは

 さて、1996年おアジアカップは12月21日の決勝戦でサウジアラビアが開催国のUAEを破って2大会ぶりの優勝を決めました。そして、僕は翌22日の深夜、日付が変わって23日の午前1時48分にPK284便でアブダビを出発しました。カラチまでの飛行時間はわずか3時間ほどですから、眠る時間もありません。

 僕の隣の席には、豊かなあご鬚を蓄えたパキスタン人労働者が静かに、まるで瞑想でもしているような表情で座っていました。

 60歳を過ぎたくらいなのでしょうか。額などには深い皺が刻まれています。これこそが「男の顔」と言っていいでしょう。真っ白でフワフワした皮膚の、肉体労働などにはまったく無縁の産油国の金持ちなどとは比べようもありません。パキスタン人の労働者などは経済的にははるかに貧しいに決まっていますが、「人間としての価値はこの爺さんの方が上なんじゃないか……」などと僕は哲学的なことを考えていました。

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