日本代表監督の思いやり

 最近のJリーグではあまり奇妙な記者会見はないが、外国人監督の場合、ときおり奇妙な会見や話もある。

 1998年10月28日に大阪の長居競技場で日本とエジプトの親善試合は行われた。この試合は、フィリップ・トルシエの就任第1戦であり、当然のことながら大きな注目が集まった。しかし前半の中山雅史の1点で勝利した試合後、トルシエは会見場には姿を見せたが、「人の死の前では、サッカーなど無に等しい」と話しただけで、広報担当が止めるひまもなく、席を立ってしまったのである。当然、質疑応答も何もなかった。

 実はこの日の朝、日本代表に選ばれていた伊東輝悦選手のご母堂が亡くなっていた。「家族」とも言うべきチームの一員の母親の死を、「プライベートなこと」と、彼は割り切ることができなかったのだ。トルシエが彼の初戦について話をしたのは、2日後、東京のホテルで開かれた記者会見のときだった。彼は1時間以上にわたり、たっぷり話をして、私たちを腹いっぱいにさせた。

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