■特等席でも冷静さを失う時間

 その2カ月後、2019年のアジアカップ準々決勝、UAE対オーストラリアの主審を務めた佐藤隆治氏は、アディショナルタイムの扱いになんども「だいじょうぶか」と自分に言い聞かせながら確認したという。

 アディショナルタイム入りの直前に両チームの選手がヘディングの競り合いで頭を強打し、UAEのDFジュマは脳振とうで倒れた。この時点でアディショナルタイムは「4分」と示されていた。しかし2人の治療が終わって試合が再開されたのは48分29秒。3分半も遅れている。そしてまた、いちどは運び出されたジュマがドクターの制止を振り切って出場、わずか1プレー後にまたふらふらと倒れた。それをチームメートがなだめ、押し出して試合を再開するまでに2分半を要した。

 さて、試合が再開されたとき、佐藤主審は「後半何分」で試合を終わらせただろう。正解は「55分08秒」。アディショナルタイムにはいって空費された計約6分間を除き、ほぼぴったり4分間プレーさせて試合を終わらせたのである。さまざまなことが起こり、感情面でも異常な状態になるアディショナルタイム。それを冷静に運営することは、けっして簡単ではない。

 サッカーファンなら誰でも知っているように、スタンドの記者席はとてもいい場所にあり、試合の詳細を逃さず見ることができる。しかしなぜか、私はよく「アディショナルタイム」の掲示を見のがす。ひとつは、この掲示は、時計が後半45分00秒になった瞬間に、インプレー中でも掲示されることがある。プレーに集中しているので、つい見のがすのだ。

 しかし記者席はメインスタンドにあり、第4審判の掲示は大きな交代ボードを使ってメインスタンド側のタッチラインとハーフラインの交点で行われる。いわば、私たちはいちばんその掲示を見やすい特等席にいるのだ。側にいる仲間の記者に「ロスタイム(現場では、まだこの言葉が飛び交っている)何分?」などと聞くのは、相当視野が狭い証拠で、恥ずべきことであるとは思っている。しかし実際のところ、周辺にいる仲間の記者も「さあ?」ということが、実はかなり多いのである。

 いつもというわけにはいかないが、湘南対柏のように、アディショナルタイムには、ノーマルタイムにはないドラマが用意されている。それは、開演前から、いや、練習を始めた日から決まっている音楽コンサートの「アンコールナンバー」とはまったく違う、想像もつかないドラマなのだ。

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