■引退を撤回した悲しみのフランシスコ・フェレイラ
「スペルガ」の悲劇を聞いて大きなショックを受けたのが、ベンフィカのフランシスコ・フェレイラだった。「自分がトリノに来てくれるよう頼まなければ、マッツォーラも、トリノの選手たちも死ぬことはなかった……」。その思いに苦しめられ、眠れぬ夜が続いた。そして事故の犠牲者家族に弔慰金を贈った。
考え抜いた挙げ句、彼は引退の意思を翻し、「トリノの選手のために」と、プレーを続けることにした。そして1952年、ベンフィカが新スタジアムを完成させ、そのこけら落としとして宿敵のFCポルトを8−2で下した試合で最後の奮闘を見せると、その18日後に引退を発表した。
悲劇は、大きな悲しみとともに「勇気」を生む。悲劇に直面してなお、顔を上げ、勇気を奮い起こして自分なりの道で戦い続ける人びとがいる。命がある限り、悲劇を乗り越えようと前を向く人びとがいる。そこに人間というものの本当の美しさ、強さがある。
だがそのために悲劇が必要であるはずがない。一瞬の航空機事故で無限に開けていたはずの未来と可能性に突然ピリオドを打たれた選手たちの無念さを思うとき、私は、輝くような5月の美しさのなかで戸惑い、憂鬱な気持ちになるのを抑えることができないのだ。