■クリンスマン、ベベト、カレカ、ロマーリオも

 この大会には、ヨーロッパ、南米のチームはワールドカップ出場経験がなければ出場可能。その他の大陸の国はすべての選手が出場できました。ですから、1986年のメキシコ・ワールドカップ以降に代表入りした選手は出場できたわけです。

 そこで、同じ1988年に開かれたヨーロッパ選手権(EURO)で活躍した西ドイツのユルゲン・クリンスマンとか、トーマス・ヘスラーなども出場していたのです。

 10月1日にソウル・蚕室のオリンピック主競技場で行われた決勝戦はソ連(まだ、存在していました)対ブラジルというカードになりましたが、ソ連にはやはりEUROで活躍したアレクセイ・ミハイリチェンコがいましたし、ブラジルではGKのタファレウやジョルジーニョ、ベベト、カレカ、ロマーリオといった1990年代に大活躍する選手たちがプレーしていました。

 しかし、オリンピックの試合ですから、観客は必ずしもサッカー・ファンというわけではありません。「オリンピック見物」にやってきたお年寄りなんかもたくさんいます。試合の途中に団体がゾロゾロと入ってきたり、途中で帰ってしまう人たちもいて、場内はざわついて落ち着かない雰囲気でした。

 しかし、時間の経過とともに次第にスタジアムの空気が変わっていきました。

 前半29分にCKからロマーリオが決めてブラジルが先制。61分にソ連がドブロヴォルスキのPKで追い付き、試合が延長に入るころには7万人の観客はすっかり試合に集中していました。それほどの好試合だったのです。一進一退の攻防が続き、結局、延長前半の103分に縦パスに合わせて抜け出したサヴィチェフが決めてソ連がリードしますが、その後、悲願の金メダルに向けて攻勢を強めるブラジルに対して「ブラジル、ブラジル」というコールが自然発生的に湧き上がってきます。もう、「オリンピック見物」といった雰囲気はまったくありません。

 大型映像装置には、ブラジルのカルロス・アルベルト・ダ・シルバ監督(後に、読売サッカークラブ監督)がベンチでボロボロと大粒の涙を流し始めた姿が映し出され、場内は感動に包まれました。

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