■Jリーグだって黙とうの初心者だった
「大失敗」を見たのは、2001年秋、アメリカの「9.11テロ」の直後のある試合のときである。
「世界を変えた」と言っていい衝撃的な事件の犠牲者を悼んで、Jリーグでは試合前に黙とうを捧げることを決め、その試合でも実施された。試合前、両チームの選手たちがウォーミングアップを終えてロッカールームに戻ったころ、大型映像装置に告知が映し出され、場内アナウンスでも案内が流れた。「キックオフ前に黙とうをします。ご起立ください」という少し変なものだったが、何のための黙とうか、わからない人はいなかった。
ところが、いつ黙とうをするのか聞こえなかったのか、アナウンス終了と同時にスタンドのあちこちで人が立ち始めてしまったのだ。試合前の「エアポケット」のような時間で、音楽も流れていなかった。スタンドは静かになり、立って黙とうをしている人は、周囲にはそうしていない人がたくさんいるのも気づかない。
だがその静寂は突然の大音響で破られる。音楽が鳴り、選手入場だ。黙とうしていた人は何が何だかわからなくなるほど驚いたことだろう。やがていつもどおりに選手たちがメインスタンド前に整列し、あいさつ、記念撮影、キャプテンが歩み寄ってコイントスが行われ、選手たちがピッチに散る。そして両チームが円陣を組もうと集まったとき、再び「黙とうをするのでご起立を」とうながすアナウンスが流れる。
このアナウンスで、観客席では大部分の人が立ち上がり、黙とうを始める。しかしピッチ上では、両エンドの中央で選手たちが円陣を組み、気合を入れている。2人のアシスタントレフェリーはゴールネットのチェックを終え、タッチラインに向けて全力疾走している。選手たちと両アシスタントレフェリーがポジションに着くのを確認すると、レフェリーがボールを脇にかかえたまま長くホイッスルを吹く。ここでようやく正式に黙とうの時間になったのである。それまで、Jリーグでは、今日のようにそうしょっちゅうは黙とうが行われていなかったのだろう。明らかに運営側の「経験不足」だった。