大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 連載第51回「正しい黙とうの仕方」の画像
1978年アルゼンチンがW杯初優勝 トロフィーを掲げるレオポルド・ルーケ 写真:アフロ

「ご起立をお願いします」と場内アナウンスが流れたら、黙とうの時間だ。サッカー観戦者なら誰でも経験がある。しかし、どうすればいいのかは、正直なところよく知らない。学校ではその作法を教えてくれなかった(気がする)。そっと周りを見回してから目を閉じて、おずおずと亡くなられた方に思いを馳せてみるのだった――。

■名FWのルーケがコロナ禍で亡くなった

 アルゼンチンが最初にワールドカップで優勝した1978年大会のセンターフォワード、レオポルド・ルーケがコロナウイルスで亡くなったという。昨年末に感染して間もなく肺炎を起こし、集中治療室で治療を受けていたが、2月15日に心肺停止状態となった。71歳だった。

 日本のファンの目に触れたのは1978年のワールドカップのときだけだったかもしれないが、手足が長く、長髪、口ひげを生やしたルーケは、非常に高いテクニックをもったエレガントなストライカーだった。ワールドカップではフランス戦などで見事なゴールを決めた。

 そして何よりも思い出すのが、そのワールドカップの期間中に交通事故によって5歳年下の弟を亡くしたことだった。精神的に大きなダメージを受けた彼を奮い立たせ、ワールドカップで戦い続ける勇気を与えたのは、アルゼンチンの全国民が示した強い共感だった。その共感を最も強く示したのが、試合前の「黙とう」だった。

 Jリーグ日本代表戦などでスタジアムに通っていると、ときどき試合前に「黙とう」が行われるのに出合う。つい先日は、東日本大震災から10年経たことで、犠牲者への追悼の気持ちを込めた黙とうが行われたし、昨年には60歳の若さで急逝したディエゴ・マラドーナ氏への黙とうがJリーグの試合前にあった。

 スタジアムに集まった人が、亡くなった人や大きな災害の犠牲者にみんなで黙とうをするのは、とてもいいことだと思う。誰もが沈黙し、静止することで、短時間ながら、祈りの対象に一人ひとりがまっすぐ心を向けることができる。サッカーではキックオフの直前に、両チームの選手たちがポジションについてから黙とうをするという形が多く、終わるとすぐに主審の笛が吹かれてキックオフとなる。心なしか、短い沈黙の時間を過ごすことにより、選手たちの集中も高まる気がする。

 ただ、どうもすっきりしないことがある。黙とうが終わり、座席に座るとき、なんとなくざわざわっといった雰囲気になることだ。何人か拍手する人がいるなか、「拍手なんかしていいのか」と思っている人がいるのが感じられ、「どっちが正しいんだ?」という疑問符がスタンドのあちこちに立ちのぼるように思うのだ。

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