■美しいデモンストレーションが可能な理由

「甘いボール」でいつも思い出すのは、オランダ人コーチのウィール・クーバーだ。この連載の第10回「永遠の名作」でも書いたが、世界のスーパースターのテクニックを59歳の彼がスーパースターそのもののボディバランスやボールコントロールで見せるデモンストレーションは、本当に美しかった。「クーバー・コーチング」が世界に広まった大きな要因が、彼自身の美しいデモンストレーションにあったのは間違いない。

 その「秘密」を、私は最初、彼のグレーと水色のツートンカラーのシューズにあるとにらんだ。しかし本人に問いただしてみると、あっさり否定された。彼は明かさなかったのだが、本当の「秘密」は、ボールにあったのである。

 クーバーはデモンストレーションのときに必ず自分で持参したボールを使った。かなり汚れて黒ずんだボールはごく普通のものに見えた。しかし実際には、かなり「甘い」ものだったのだ。だからたとえ体育館の床の上でも、彼はコントロールを乱すことなく、美しいフォームでデモンストレーションを見せることができたのだ。

 ちょっと「ずる」だったが、おかげで、クーバーから直接指導を受けた少年少女は、彼のバランスやテクニックの美しさを十分に感じることができたはずだ。「教えるテクニック」のひとつだと、私は素直に感心した。同時に、体の動きを覚える段階の練習では、少し甘いボールにしたほうがいいのではないかとも考えた。ボールコントロールが楽になる分、より体の動きに意識を集中することができるからだ。

 酸いも甘いもかみ分けて、サッカーボールはきょうも何も言わずに転がっていく。

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