大住良之の「この世界のコーナーエリアから」 第23回「『甘い』ボール」の画像
見た目ではわからない。しかしボールには「甘い」ものがある(c)Y.Osumi
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けったことはあるだろう。しかしサッカー観戦者の多くは、サッカーボールを所有していないのではないだろうか。ましてや、ボールに空気を入れて空気圧を計測した経験はないのでは。今回の大住さんは、ボールをめぐる甘辛問答。サッカーボールをなめんなよ!

■トヨタカップの雪の日の珍事

 1987年のトヨタカップで試合中にボールが「破裂」してしまった事件はあまりに有名だ。試合の朝、予期せぬ大雪となって、日本サッカー協会はあわてた。そして事務局の棚の奥にしまわれていた黄色と黒のボールを急いで国立競技場に運んだ。当日使うために用意されていたのは白黒のボールだったので、雪のなかでは見えなくなってしまうからだ。

 試合の途中、FCポルトが大きくクリアしようしてけったボールがペニャロールDFトラサンテの胸に納まったときには、ボールはすでに壊れていた。だが「破裂」したわけではない。縫い目の糸が部分的に切れ、中のオレンジ色のゴムチューブが大きく飛び出してしまったのだ。よく言われるように「酷寒」だったせいではなく、古いボールだったので、縫い目が老朽化していたのだ。

 サッカーボールはけっしてヤワではない。何しろ、鍛え抜かれた大男たちに何千回も力いっぱいけられても平気な顔をして転がり続けているのだから。そして実は、ボールをめぐるサッカーのルール自体も、ボール以上の「タフガイ」と言っていい。サッカーという競技が始まってから、その規格はほとんど変化していないのだ。

 サッカーのルールが初めて書かれた1863年には、ボールに関する規定はなかった。サッカーボールは、それまで、皮革でつくられた外殻のなかに、コルクの削りカスを詰めたり、動物の膀胱に空気を入れて押し込むという形だった。天然のままだったらぼろぼろと砕けてしまうゴムに硫黄を加え、分子同士を長くつなげて丈夫でよく伸びるようにした「加硫ゴム」が発明されたのが19世紀なかば。その加硫ゴムをボールの外殻のなかに収める「チューブ」として使うようになったことで、ようやく一定規格のスポーツボールを大量につくれるようになったのが、ちょうどサッカー誕生のころだった。

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