■スタジアムにとって恥ずべきこと
2015年に川崎の等々力スタジアムの新しいメインスタンドが完成したとき、私はそのトイレのデザインに驚いた。「手洗い台」がひとつずつ独立して通路の中央に置かれていたのだ。こういう形を「アイランド(島)方式」というが、動線の改善にだいぶ役立つ。
スタジアムにおいて、トイレは飲食の売店以上に大事なところだ。売店を利用しない人はいても、トイレを利用しない人はまずいない。豪華にする必要はない。しかしハーフタイムや試合終了後に長時間並ばず(トイレ行列により後半のキックオフに間に合わない人がたくさんいるというのは、スタジアムにとって恥ずべきことだ)に用を足せるよう、徹底的に考え抜かなければならない。トイレは目につかないところにある。だが利用する人にとっては、スタジアムの印象を決定するほど大事なところなのだ。
スタジアムを設計するなら、使う人の身になり、真冬にトイレ前で長い長い列に並んでみて、どうすればこの不快感をなくすことができるか、知恵を絞らなければならない。スタジアムを使う人びとの意見をしっかりと聞き、「理想のトイレをもったスタジアム」を目指すぐらいの意気込みで取り組む価値のある課題だと、私は固く信じている。
林望さんに「便器公論に決すべし」という秀抜なタイトルのエッセーがある(文春文庫『ホルムヘッドの謎』所蔵)。スタジアム設計にあたり、まさにそうした態度が必要なのである。