■日本のクラブが狙う新たなビジネススタイル

 田邊氏によれば、日本から欧州へと渡る際の移籍金は、1億円から1億5000万円くらいが相場になっているという。ただし、移籍金とは選手の能力や将来性などによってそれぞれ決まるものである。ここでいう相場とは、欧州のクラブが考える、日本のクラブが納得する金額だということだろう。

「日本の選手の違約金の相場観というのが、イタリアと似ているんです。イタリアの移籍市場は、ものすごく独特です。国内移籍だと5億円を要求するのに、他国に行く場合はそれほど高い移籍金にならない。同じような価値のギャップとでも言うべきものが、日本にもあります」

 だが日本のクラブも、ただ言い値に首肯しているばかりではない。日本のクラブは、“間接的”な移籍金狙いにシフトしているのだという。

「イタリアのように、国外へ行く時の移籍金は比較的高くない。でも、次のクラブにステップアップする時は、日本のクラブにお金を分配してくださいね、という方式です。そういうケースが多くなっていて、日本のクラブはそうしたことも含めてある程度、納得しているところがあります」

 優秀な若手を育てたり、成長を促して輩出したクラブには、トレーニングコンペンセーションや連帯貢献金が支払われる。そういった「先を見越した」ビジネスの仕方に切り替えているのだという。

 選手が欧州で自身の価値を高めて、さらに大きなクラブへ移籍するには、まずはヨーロッパサッカーという名のショーケースに入るしかない。「日本のクラブも、そういうことが分かってきていると思います」(田邊氏)という事情があるだけに、あえて無理な要求をせずに、ヨーロッパへと選手を送り出している側面もあるだろう。

 また、移籍に関わる代理人としては、選手を送り出す側のクラブへの貢献も強く意識している、と田邊氏は語る。

「この20年ほどでエージェントのライセンスの変化もあり、今はクラブにも納得してもらえるような移籍をする時代だと思っています。私たちは選手のエージェントだから、選手がとにかくヨーロッパに行きたいと言えば、最終的にはクラブの意見を押し切ってでも行かせなければいけないという立場ですが、クラブにも納得してもらうようにすることに、すごく力を注いでいるんです。

 だからクラブとは、移籍に関する一定の取り決めを選手が納得できる形でしますが、金銭面や契約の内容については、その取り決め以上のものをクラブに提供できるよう、会社全体として滅茶苦茶頑張っています。浅野(拓磨、サンフレッチェ広島→アーセナル=イングランド)と北川(航也、清水エスパルス→ラピド・ウィーン=オーストリア)については、クラブと取り決めていたものをはるかに上回る条件で移籍しています」

 浅野が広島に残した移籍金は、おそらく移籍時に日本のクラブに残した金額で過去最高であるはずだと、田邊氏は語る。5億円から6億円との推測に、田邊氏は「まあ、ご想像にお任せします」と答えた。

 クライアントを安い金額で国外へと移籍させないことについて、「昔と違って独自の国内ルールもないので、会社全体としてそれをすごく意識しているというか、気をつけています」と田邊氏は語る。安易な移籍を成立させてしまっては、日本サッカー界全体の価値を下げることにつながりかねない。

(つづく)

 

田邊伸明(たなべ・のぶあき)

1966年、東京生まれ。大学卒業後、スポーツイベント会社に就職し、1991年からサッカー選手のマネージメント業務を開始するなど、一貫してサッカーとスポーツに携わる。1994年、代表取締役として株式会社ジェブエンターテイメントを設立。1999年に日本サッカー協会のFIFA(国際サッカー連盟)選手代理人試験を受験し、2000年にFIFAより選手代理人ライセンスの発行を受け、現在も多くのアスリートのサポートを行う

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