■さらなる正確さを求めて
試合記事には得点などの時間記録が必要だから、時計は必需品である。スタジアムの大型映像には秒単位の時間が出ているが、なぜか日本では45分経過とともに消されてしまう。だからキックオフとともに自分のストップウォッチを押す必要がある。
最近では、スマホで時間を計る仲間も少なくない。だが私は、とても素晴らしいストップウォッチを使っている。
以前はカシオのデジタル腕時計を机の上に置いて計っていた。だがすぐに転んでしまう。新宿西口のヨドバシカメラに行くたびに「時計専門館」に寄り、私の仕事に適したストップウォッチ、すなわち机上に置いて見やすいものを探した。だがストップウォッチといえば陸上競技や水泳競技で使う「首下げ式」の丸いものばかりで、理想のものを見つけ出すことはできなかった。
だが、ついに「出会った」のだ。場所はフランクフルトの国際空港。その「ストップウォッチ」は、雑貨店のショーウィンドーのなかから小さな声で「私はここよ」と呼び掛けていた。5センチ四方、高さは3センチほどだろうか。前面にある液晶が絶妙の角度(分度器で測ったら40度だった)で立っており、机上に置いたときに非常に見やすい。
だが、手にとって見ると、彼女(あっ、いけない。かわいさのあまり、擬人化してしまった!)の本来の役割は「万歩計」だった。「底」の部分をベルトに付けると、上からのぞいたときに歩数や分数が見やすい角度になっていたのだ。安くはなかったが、これ以上私の望みにかなうものはない。迷わず買った。
この「ストップウォッチ」には後日談がある。彼女は7年間ほどけなげにがんばり、私の記者席で1000近くの試合の時間を計ってくれた。しかしもともと体は強いほうではなったようだ。2006年のワールドカップを前についに動かなくなってしまった。2006年5月、ドイツに着いて最初にしたのは、彼女の「妹」を探すことだった。
あった。しかも「姉」と寸分も違わぬ機能、デザインで、デュッセルドルフのスポーツ店のレジの横につるされていた。私は思わず2セット買ってしまったのだが、彼女は「姉」のようには薄命ではなく、いまも私の記者席の上にいる。そして「双子の妹」はまだ電池を入れられないまま大事に仕舞われたままだ。
こだわりは違っても、このあたりまではサッカー取材の必需品と言える。だが次に私がバッグから取り出すものには、外国人記者たちが「ギョッ」と驚く。小さな温度・湿度計だ。
1997年9月のワールドカップ・アジア最終予選、UAEとのアウェーゲームは、暑さが大きなテーマだった。日本代表チームとしても「暑熱対策」が最重要だったため、出かける前に小さな温度計を買ってきた。「暑かった」だけでは記事にならない。「気温○度」と書くことで、記事はより客観的になるからだ。
しかし体感する「暑さ」は、気温だけではなく湿度も大きく関係する。アブダビで日本代表を苦しめたのは、40度近い気温だけでなく、日陰で座っていても体中から汗が吹き出すような不快な湿度だった。帰国するとすぐに東急ハンズに行き、小さな「温度・湿度計」を買った。これを手に入れて以来、私の取材ノートには、キックオフ時の気温と湿度、風の強さ(こちらはいまだに「微・弱・中・強」の「体感」の表示だ)と方向、そして「蒸し暑い」「涼しい」「寒い」などの記述がはいるようになった。