■小さな小さなサッカーコート

 もうひとつ、外国人記者たちが「何だそれ?」と言うのは、私のノートの表紙の裏に貼られた1枚の紙だ。自作のピッチ図である。それに15センチという小さなプラスチック製の定規を組み合わせて使う。ピッチ図は500分の1の縮尺。定規には、2センチごとにマジックで「10」「20」……と10単位の数字が振ってある。2センチは10メートルの500分の1。このセットは、ピッチ上の距離を測る道具なのである。

 「グラウンドづくりの名人」としては、ピッチ各部の長さなどは熟知している。ペナルティーエリアの縦は16.5メートル。ペナルティースポットはゴールラインから11メートルで、そこから9.15メートルの距離をエリア外に引いたのがペナルティーアークだから、アークの頂点はゴールからちょうど20メートルほどになる。ゴール正面からのシュートなら、その距離はすぐにわかる。だが私の数学的能力が低いためか、角度がつくとさっと距離が出ない。このセットはそうしたときに使う。

 考案したのはいつごろだったか。最初は試合ごとに1枚使っていたが、出番がない試合もあるので、やがてノートの表紙裏に貼って使うようになった。直接FKがあるとここを開き、位置をできるだけ正確にマークする。そして距離を測って試合のページに「○メートルのFK」と書く。流れのなかからロングシュートが決まったときには、記憶を呼び出して位置を決め、リプレーが見られるときには修正して距離を測る。

 これも、「超ロングシュートが決まった」などという記述より、「○メートルの超ロングシュート」と書きたいためだ。

私の大発明、ロングシュート距離計測キット。これは2006年2月に小笠原満男が自陣からのロングシュートを決めたときのもの。リプレーを見ながらキック地点を修正し、最終的に「60メートル」の値を得た

 このセットを考案したとき、私は「大発明」だと思った。だから10数セットつくって、仲間の記者たちに配った。後藤健生さんにも、田村修一さんにもプレゼントした。みんな「すごいね」と言ってくれたが、顔は笑っていた。そしてその後、実際にそれを使っている仲間を見たことはない。だが私だけはいまも使い続けている。

 さて、こうした「小物」を次々と机に並べると、パソコンを取り出して広げ、ポケットからは携帯電話を出して机上に置く。試合中は大歓声に包まれるので、バッグやポケットに入れたままだと着信があっても気づかないからだ。

 取材のとき、私は遅くともキックオフの1時間前にはスタジアムに到着することにしている。仲間の記者にあいさつし、夜の試合なら持ってきた弁当を食べ、キックオフの45分前ごろにはスタンドの記者席に向かう。そのころ、記者席にはほとんど人はいない。孤独を愛しているのではない。ウォーミングアップを見ながらいろいろ考えるのが好きなのだ。

 そして記者席に着き、次つぎとバッグから「取材用具」を取り出してデスクの上に並べると、ようやく落ち着く。

 何やら、子どもがおもちゃを部屋いっぱいに広げたような形で、正直言うと、少し恥ずかしい。笑われているかもしれない。いや、きっと笑われているに違いない。

 だが仕方がない。こうして私は、誰よりも取材を楽しんでいるのだ。

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