分厚い守備陣だけじゃない!南野、三笘、そして久保…「最強の武器」の威力は半減も…攻撃面でのケガの功名も【日本代表が北中米で刻んだ「W杯優勝」への確実な第一歩】(2)の画像
21歳の後藤啓介ら若手がワールドカップを体験できた意義は大きい。次の大会での飛躍につながることだろう。撮影/原壮史(Sony α1使用)

 激闘の幕が下りた瞬間、すでに2030年への準備は始まっている。今大会、主力選手の相次ぐ負傷離脱というかつてない危機に見舞われながらも、日本代表は驚くべき「選手層の厚さ」を世界に見せつけた。強みであった攻撃陣の崩壊という不運を乗り越え、いかにして絶対王者ブラジルに対抗する術を身につけるべきなのか。サッカージャーナリスト・後藤健生が、4年後の飛躍の鍵となる「欧州トップレベルへの到達」を読み解く。

■未曾有の危機から生まれた「分厚すぎるDF陣」

 2026年大会が終了した瞬間に次の戦いの準備は始まった。今大会ではラウンド32でいきなりブラジルと対戦するという“不運”があったが、そうしたアクシデントがなければ、4年後の大会ではもっと上の順位まで勝ち抜くことは容易に想像できる。

 2026年大会を前に日本代表には負傷者が続出した。

 2025年の前半にはDFの主力の故障が相次ぎ、伊藤洋輝冨安健洋板倉滉が次々と離脱した。

 しかし、そんな中で“代役”として招集された選手たちが素晴らしいパフォーマンスを披露した。谷口彰悟は自らの大ケガから復帰してラインを統率。渡辺剛は空中戦の強さを武器にポジションをつかみ、さらに若い鈴木淳之介も安定したパフォーマンスでワールドカップ出場を勝ち取った。

 そして、ワールドカップを前に板倉や冨安が復帰したことによって日本代表は豊富なDF陣を擁して戦えることとなった。だからこそ、スウェーデン戦で冨安を休ませることができたし、板倉が違和感を抱いて離脱しても慌てる必要がなかったのだ。

 もともと、森保一監督はノックアウトステージを戦い抜くために2チーム分の選手を使えるようにと常に語っていた。そこに負傷者続出という事態が重なって、予想以上の選手層の厚さをもたらした。まさに「ケガの功名」である。

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