■元Jリーガーが進言「お前ならできる」

 移籍に際して必要なメディカルチェックは、ブラジルのレッドブル・ブラガンチーノの施設で行なわれた。ディニースの発掘から契約へ至るまでのプロセスで、レッドブルサッカーのネットワークが生かされたのだった。

「これまで日本に来たことがなかったので、日本についても日本のサッカーについても、具体的なイメージを持てていなかったんです。でも、日本でプレーしたことのある選手から、たとえば名古屋でプレーしたジョーや、新潟や浦和でプレーしたラファエル・シルバから、日本についての話をたくさん聞きました。『日本は素晴らしいところだから、絶対に行ったほうがいい、お前ならできる』と言ってくれました。それで、前向きに考えるようになりました」

 ディニースはアメリカ・ミネイロのUー17からUー20、Uー20からトップチームとステップアップしてきた。クラブへの愛着を抱きつつも、違った思いが膨らんでいた。

「ものすごく居心地が良くて、このままでは自分を甘やかしてしまうのでは、という気持ちがありました。自分の居場所を変えて、ゼロからスタートしようと思っていたのです」

 RB大宮からオファーを受けてからは、オンラインでミーティングを重ねてきた。ディニースの心が、日本行きへ動いていった。

「ヘッドオブスポーツのスチュアートや宮沢監督と話をさせてもらったなかで、自分に対する信頼をすごく感じました。ここに来てほしい、成功するために精いっぱいのサポートをする、という意思を伝えてくれました。アメリカ・ミネイロという気持ちいい場所を離れて、新たな挑戦をしようと決めました」

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4
  5. 5