■埼スタへの手のひら返し
しかし2001年にスタジアムが完成し、準決勝の「ブラジル×トルコ」を最後に2002年ワールドカップ(埼スタでの開催は4試合だった)が終わると、すぐに埼スタは埼玉県の「お荷物」となる。年間の維持管理費が、収入を数億円上回り、それが問題になったのだ。
非常に興味深いことだが、建設工事に766億円という巨費を投じても誰も文句を言わない。しかし毎年の経費が数億円の赤字になるというだけで、県知事が議会で攻撃される材料になるのが日本という国である。その危機を救ったのは、浦和レッズがJリーグで優勝争いの主役を演じ、また、AFCチャンピオンズリーグで優勝を飾り、日本代表チームの「ホームスタジアム」になったことだった。2007年には浦和レッズの試合だけで入場者の年間総数が100万人を突破、批判は下火になった。現在も埼スタに命名権がついていないのは、そのためだ。









