■日本人にとって「モノが安い国」アメリカ

 今回の「アメリカ大会」と大きく違うのは、冒頭でも触れた「おカネ」の問題である。アメリカドルは1980年代の半ばには250円ほどだったが、それから急激に下がり始め、1994年には約100円になっていた。これは「ドル安」というより「円高」の状況だったが、ともかく1ドル100円である。アメリカを訪れる日本人にとって非常にラッキーでハッピーな時期だった。

「円高」なのだから、1ドルの価値はアメリカ国内では低くなっているわけではなく、「物価」自体も高くはなっていなかった。その双方の効果で、円を財布に入れた日本人にとって、アメリカは「モノが安い国」だったのである。

 この大会から、FIFAが「アコモデーションビューロー」をオープンし、大会のための公式宿泊施設を確保し、メディアや観戦客に販売した。私はそれを利用し、大会期間を通じての宿泊施設を大会前にすべて確保することができた。4年前のイタリア大会ではホテル探しがずいぶん大変だったのだが、この大会ではスムーズにいった。

 申し込み、送金するとバウチャー(予約・支払証明書)が送られてくるシステム。申し込みが少し遅くなった仲間の記者は「日本出発までにバウチャーが届くか」と心配していたが、無事手にして出発したと聞いた。

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