■日本の志士たちも尊敬した「ロシアの名君」

 ところで、「エカテリンブルク」という都市名はロマノフ王朝のエカテリーナ1世にちなんだものです(「ブルク」は都市という意味)。エカテリーナ1世は、有名なピョートル大帝の妃でピョートルの死後に夫の後を追って即位した女帝です(在位約4年)。

 ピョートルは、西欧をモデルとしてロシアを近代化させたことで有名な名君です。西欧に学ぶために西欧に大使節団を派遣し、自らも身分を隠してその使節団に参加し、オランダでは大工となって造船技術を学んだそうです。ピョートルのそうした行跡は、幕末日本の知識人の間でもよく知られており、改革、近代化を目指す志士たちの尊敬を集めていたといいます。

 こうして18世紀の前半、ピョートルとエカテリーナの時代にロシアは近代化を始めたのです。そして、やはり18世紀の初めに工業都市として誕生したのがエカテリンブルクだったというわけです。

 ウラル地方の地下資源と市内を流れるイセチ川の水力を利用して工業化は始まりました。市内には、こうした工業化を記念した博物館などもありますし、当時の繁栄を映し出す資本家たちの屋敷も残っています。

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