■「マラカナンの悲劇」のリベンジ大会

 ワールドカップで「固定番号制」が実施されたのは、スイスで開催された1954年大会からだった。大会前、22人の登録選手名簿を提出する際に個々の背番号を明記する形になったのである。そしてホームで行われた前大会で「マラカナンの悲劇」と言われるショッキングな敗戦で初優勝を逃したブラジルは、この1954年スイス大会では、公募によって採用された黄色いユニフォ―ムで心機一転、ジュネーブで行われたメキシコとの初戦に登場する。

 このとき、ブラジルの先発メンバーは、きれいに1番から11番をつけていた。ゼゼ・モレイラ監督は大会前に「レギュラー」を明確にし、彼らに1番から11番を与え、それ以外の選手に12番から22番を割り振ったのである。

 以後、これがブラジルの「スタイル」となる。2022年のカタール大会でも、初戦のセルビア戦(ルサイル・スタジアム)に登場したブラジル代表は、ほぼこの「スタイル」によっていた。ただひとりの例外が、20番をつけたヴィニシウス・ジュニオルが先発に入っていたことだった。先発に欠けていた8番は、フレジのものだった。

(3)へ続く
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