■日本代表CF2人を生んだ「学校」

 釜本さんが引退されてから、半世紀近く、日本のサッカー界は釜本さんに替わるストライカーを探し続けています。その過程で「釜本二世」と呼ばれた選手は何人もいますが(さすがに、釜本さんを知る世代が少数派となった今ではそんな言い方はしませんが)、釜本さんが引退した直後に「二世」に擬された、いわば「初代二世」だった上田忠彦さんというFWがいます。

 釜本さんより3歳年下の上田さんも、太秦小学校、鉢ケ岡中学校出身で、そういう意味では確かに「釜本二世」だったわけです。

 上田さんはその後、京都商業高校、法政大学を経て日本サッカーリーグの新日鉄でプレーし、1970年から71年には日本代表に招集されて13試合に出場して7ゴールを記録しています。

「釜本」の後継者にはなれませんでしたが、なかなかの記録であることは間違いありません。日本代表のCF2人を生み出したのですから、鉢ケ岡中学校はわざわざ見学に行く価値がある学校なのでしょう(上田さんは2015年に逝去されています)。

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