■「人生初」ゴールと「休み時間」サッカー

【写真17】は、私のノスタルジーである。中学3年から高校3年までボールを蹴った私の母校のサッカーグランドと、そこにあるゴール…。サッカー部に入って半年後の紅白戦で、私は人生初めての得点をこのゴールに決めた。ペナルティーエリアに入ってスポットのやや右でボールを受けた私は、無意識のうちにボールを止め、無意識のうちに右足を振り抜いていた。ボールはGKの肩口を抜け、ネットに突き刺さった。そのときの足の感触、「決まった」と思ったときの何か「達成感」のようなものは、60年近く経た今でもよく覚えている。

【写真17】我が懐かしのグラウンド、そしてゴール。シュート練習では、ほとんど決められなかったっけ…。©Y.Osumi

 2.44メートル×7.32メートルでなくてもいい。真っ白である必要もない。サッカーはボール1つで世界中の人が楽しめるスポーツだ。高校時代、私たちの「休み時間のサッカー」のゴールは、校舎の中でそこだけ壁の色が違う2つのトイレの壁だった。その2つのトイレは、正対してもいなかった。90度の角度で向き合っていたのだ。

 社会人のクラブチームでプレーするようになってからも、グラウンドが確保できないと、河川敷の草っ原に集まってひたすらミニゲームに興じた。ゴールは誰かのシューズだった。

 2000年にレバノンで開かれたアジアカップを取材した。1975年から15年間も続いた内戦の影響で、首都ベイルートは荒れ果てていたが、瓦礫を取り除いた赤土のグラウンドで若者たちは目を輝かせてボールを追っていた。ゴールはハンドボール用の小さなものだった(【写真18】)。

【写真18】日曜朝、ベイルート。石ころだらけの赤土のグラウンドで、人々は真剣に試合に興じていた。向こうに見えるのは地中海である。©Y.Osumi

 カンボジアの首都プノンペンでは、人々は毎日夕刻になると国立競技場の周囲に設けられた何面もの小さなコートに集まり、裸足になってゲームをしていた(【写真19】)。もちろんチーム×チームではなく、集まった人が適当に2組に分かれ、自然発生的にゲームが始まるのだ。そして時間とともに人数が増えていく。歓声は夜が更けるまで続く。

【写真19】つるつるの石畳なのか、毎日、何十年間もの裸足サッカーでつるつるになったのか、ともかく、誰もが心地よさそうだった。©Y.Osumi
PHOTO GALLERY ■【画像】忘れられた「追加副審」(写真15)から世界一の「サッカー場」(写真20)、「父と子」のゴール(写真21)まで、世界のゴール珍百景(3)
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