■筆記具は「6キロ」のタイプライター

 感心したのは、20代から30代と思しき彼の周囲の若い英国人記者たちが、身を乗り出すようにグランヴィルの話を聞いていたことだった。俳優も務まる彼の声は低いバリトンで、話に独特な抑揚があり、聞く人を引き込んだ。締め切りまで時間がないとき、ときおり自らは書かず、編集部のアシスタントに筆記させることがあると言われていたが、彼の言葉はそのまま一語も直さず立派な原稿になったという。

 グランヴィルの「筆記具」は常にタイプライターだった。欧州の大手紙では1980年代からコンピュータで原稿を書くようになり、1990年代にはサッカーの取材に出向く記者は例外なくバッグからノートパソコンを引っぱり出して原稿を書いたが、グランヴィルだけはご愛用のオリベッティのタイプライターをぶら下げて取材にきていた。

「携帯用」と言っても、重さ6キロもあるタイプライターである。グランヴィルにとって最後のワールドカップ取材は2006年のドイツ大会だった。彼は74歳だったはずだ。大会中何度も会い、あいさつをしたが、やはりその左肩には、オリベッティのタイプライターを入れたバッグがかかっていた。苦にしている様子はなかったが…。

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