■戦後「日本の組織」が統治
マーシャル諸島には、日本の「委任統治領」だった時代がある。この地域は1885年にドイツ領となり、ドイツの支配が続いていたが、第一次世界大戦(1914~1918年)時に「連合国」に属していた日本が攻め取り、そのまま日本海軍が統治、その後1922年から1944年まで「南洋庁」と呼ばれた日本の組織が統治した。
ただ、日本政府は日本に近い北マリアナ(サイパンやグアム)やパラオの開発には力を入れたが、東に遠く離れたマーシャル諸島にはあまり力を入れず、ドイツ時代と同様、特産のヤシ油の利用にとどまった。そのため、日本からの移住者は1000人にも満たなかったという。
その後、1944年にアメリカ軍が侵攻して攻め取り、戦後はそのままアメリカの委任統治領となった。
アメリカはソ連との開発競争となった核爆弾の実験場としてマーシャル諸島、なかでも北部のビキニ環礁を使用(ビキニの住人は強制的に移住させられた)、1958年に核実験が終了するまで、マーシャル諸島では合計67発もの原子爆弾・水素爆弾の実験が行われ、地域全体に大量の放射性下降物が降り注いだ。
1979年の独立後にも、クェゼリン環礁には米軍基地が残り、今も国全体がアメリカの強い影響下にある。通貨はアメリカドルであり、公用語は「マーシャル語」とともに英語。アメリカからの財政援助はGDPの37%にものぼる。国防と安全保障も、その権限はアメリカに委ねられている。