現在、日本サッカーはトップのJ1リーグのみならず、あらゆるカテゴリーでレベルアップを示している。その中でも異彩を放つのが、関東リーグ1部の南葛SCだ。率いるのは、風間八宏監督。天才指導者とチームの冒険を、サッカージャーナリスト後藤健生がつづる。
■各選手が持っている「時計が合ってきた」
僕は、パス・サッカーが「大好物」だ。
ミシェル・プラティニのいた頃のフランス代表のいわゆる「シャンパン・サッカー」であったり、FCバルセロナの「ティキタカ」だったり、そして、絶対王者だった頃の川崎フロンターレ……。
当時は、等々力陸上競技場に行けば、毎週のように極上のパス・サッカーが見られたので僕は楽しくてしょうがなかった。
だが、最近は川崎はすっかり低迷。パス・サッカーにこだわってはいるが、かつてのようにうまく試合が進むことは少なくなった。
だから、7月に南葛SCを見て、とても楽しい気分になったのだ。現在の、低迷している川崎フロンターレよりも、ずっと正確にパスが回っていたのだから。
3月、4月の頃、風間監督が「各選手の時計が合う」といった言い方をしていたが、その各選手が持っている時計のリズムが合ってきているのだろう。
川崎時代には「時計」ではなく、「目」という言い方を風間監督は使っていた。プレスをかけて相手ボールを奪うような場面では、「目が合っていた」と言うのだ。選手がスペースを見つけ、相手のパスの回り方を見て、危険なスペースを見つける目というような意味なのだろう。
もちろん、攻撃のときもスペースを見つける「目」は大事になる。
「目」であるにせよ、「時計」であるにせよ、2か月ぶりに西が丘で見た南葛SCは、それが合ってきていたのだ。
ただし、正確にパスは回っているのだが、それが攻撃にはつながらないのも事実だった。
一つは決定力の問題。これは、個人のシュート技術の問題であり、また、ゴール前でいかに冷静になれるかの問題だ。
それとは別に、せっかく中盤でパスが回っているのに、それがゴール前での攻撃につながらないという問題がある。つまり、中盤でのボール回しから、ゴール前に危険なパスを入れることができないのだ。
時折、相手ペナルティーエリア内への深いパスが入ることがあって、それが大きなチャンスにつながることがあるのだが、そうした相手陣内をえぐるようなパスは偶然の産物であって、再現性がまったくない。
試合後、風間監督に「縦へのパスが出せないですよね」と言うと、風間監督は何事もなかったような顔をして「そりゃ、まだ途中だからね」と言う。「そうか、また何か月か経ったら、パス回しが攻撃につながるようになるんだろうな」と僕は思って会場を後にした。