■もう一度「大事にしたい」第18条
昔は、「サッカー・ルールでは第18条が大事だ」とよく言われていた。
サッカーのルールはいろいろと改訂されているが、競技規則はずっと第17条までである。「第18条」というのはルールに書かれていない「常識」のことなのだ。
だが、今のレフェリングは「書いてあること」だけが重要視されているように思える。
たとえば「ハンド」について、手の角度だとか手の動きだとかについて細かい規定が積み重なってきていて、すべてがそれに従って決定されることが多い。その結果、誰も(攻撃側も守備側も)ハンドがあったとは思わなかったような場面でいきなりVARが介入してきて、腕がボールに触れている映像だけが切り取られてハンドと判定され、PKという“極刑”が課せられるようになってしまった。
VARのプロトコルに関して、あのように長い時間と労力をかけて訓練をするくらいなら、判定基準の揺れを防ぐとか、「第18条」に関する議論とかを展開したほうがよほどサッカーというスポーツのためになるのではないかと思うのだ。
言っておくが、レフェリーたちが悪いのではない。彼らは決められた競技規則に則って、いかにそれを迅速に、そして正確に適用するかという努力をしているのである。
問題はVARを重視しすぎた“いびつな”プロトコルを作成した立法者たちにある。
僕は、もう20年近く前からビデオ判定導入を主張していた。しかし、現在、現実に実施されているような形のVARは望ましい形ではないと思う。ビデオ判定のあるべき姿とは何なのか? もう一度、原点に戻って考え直すべき時期が来ていると思う。