サッカーは無数のディテール(詳細)であふれている。サッカージャーナリスト大住良之による、重箱の隅をつつくような、「超マニアックコラム」。今回は、「現サッカー日本代表監督が遠い目をして語るアジアカップ優勝へのワンシーン」。
■忘れ得ぬ瞬間
「その瞬間」が訪れたのは、後半40分のことだった。
右のコーナー近くから堀池巧が投げたスローインを低い位置で受けたラモス瑠偉が左に横パス。受けたのは井原正巳。井原は、最前線の高木琢也をめがけてパスを送ったように見えた。しかし、井原らしい、かなりぎこちない、最後にはキックの方向に背中を見せてしまうようなアウトサイドで蹴ったパスはわずかにずれ、イランのDFが体を倒してカットしようとする。そして、かろうじて足に当たったボールがイランDFラインの背後に転がる。
そこに、青いユニホームの選手が右外から走り込んでいた。カズだ! オフサイドのようにも見えたが、副審の旗は上がらない。井原が蹴った瞬間にカズがどこにいたかなど、そこに集中している副審以外には誰もわからない―。そんな状況だった。
一歩ボールを持ったカズは、ゴールエリアの右角の当たりから力いっぱい右足を振り抜いた。そのシュートは、まるでゴールネットを突き抜け、スタジアムのはるか外まで飛んでいってしまいそうな勢いでイランGKの左肩を破り、ゴールネットに突き刺さった。日本は1-0で勝ち、首位となってグループステージを突破した。
試合後、興奮冷めやらないままテレビのインタビューに応えたカズは、「思い切って打ちましたね」という質問に、こう答えた。
「そうですね、思い切って。もう、魂込めました。足に…」
長くサッカーを取材してきたが、自分自身のゴールについてのこんなに美しいコメントは他に聞いたことがない。その言葉は、日本中のサッカーファン、Jリーグの、そしてJリーグを目指す全選手、さらには、仲間の日本代表選手たちの胸に強く響いたはずだ。カズのシュートも感動的だったが、そのコメントも心を打つものだった。
この勝利は、日本にとってアジアカップの決勝大会でつかんだ初めての勝利だった。そして、それが日本のサッカー人気に火をつけ、翌年のJリーグ大フィーバー、さらには「ドーハ」のワールドカップ最終予選の国民的狂騒へと導いていく。