1966年のワールドカップでは、ペレはブルガリアとポルトガルの非情な反則タックルで傷つき、「もうワールドカップなんて出たくない」とまで考えた。しかしムーアはまったく別だった。何よりも読みがよく、ペレの意図を見抜いて先回りした。試合中に何回も対峙するうちに、ペレはこのそう大柄ではない金髪のディフェンダーに敬意を抱くようになった。

 そして試合終了後、ペレはムーアを探した。運良く見つけると、「シャツを交換しよう」ともちかけた。ムーアがいやがるはずはなかった。こうして、「ワールドカップ史上最も美しいシーン」、ペレとムーアのユニホーム交換が生まれた。実はこれが2人の初対戦だった。初めての出会いはピッチの上だけのものだったが、その後2人には深い友情が生まれた。

 ペレは、「ワールドカップ優勝も大事な試合でのハットトリックも素晴らしいが、それ以上に素晴らしいのはサッカーを通じての友情である」と説き続けた。そのためにも、フェアプレーが何より大事だと語った。

 2022年12月29日に息を引き取るまで、ペレはペレだった。エドソン・アランテス・ド・ナシメントというひとりの人間に戻れるのは、自室にいるときだけ。その他の時間は、ペレとして振る舞い、ペレとして語り、サッカー界だけでなく、世界中の人びとに向かって、「愛と平和」を、笑顔とともに全身で訴えかけながら、ペレとして人生を終わった。

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