オランダ代表はリヌス・ミケルス、ヨハン・クライフの時代から、先進的なサッカーで知られる。だが、その底力は華やかなプレーだけに表れるのではない。たった1つのFKの裏に隠された入念な準備と胆力、そしてチーム力の物語をサッカージャーナリスト・大住良之が解き明かす。
■カタールW杯での名勝負
ジェットコースターのようなスリリングな展開となった決勝戦のためにやや影が薄くなってしまった感があるが、ワールドカップ・カタール2022の準々決勝のひとつ、オランダ対アルゼンチンは、ここ数十年間のワールドカップで最もエキサイティングな試合だった。
12月9日にルサイル・スタジアムで行われた試合。アルゼンチンが前半に先制、後半28分にはリオネル・メッシのPKで2-0として勝利を決定的にしたと思われた。しかしオランダは2失点目の前に投入していたFWルーク・デヨング(188センチ)とメッシのPK後に交代で入れたFWワウト・ウェフホルスト(197センチ)を目がけたパワープレーに切り替え、後半38分に狙いどおりウェフホルストのヘディングで1点を返すと、アディショナルタイム終了間際に驚くべきFKで同点とし、試合を延長戦にもつれ込ませたのだ。
ノーマルタイム後半のアディショナルタイムは「10分間」と示された。通常なら異常な長さだが、この大会では、空費された時間のすべてが国際サッカー連盟(FIFA)の方針によりカウントされ、何回か10分間を超えるアディショナルタイムがあった。オランダがアルゼンチンMFヘルマン・ペセラのDFファルヒル・ファンダイクに対するファウルでFKを与えられたのは、時計でその9分6秒のことだった。すなわち、オランダにとってこのFKは最後のチャンスだった。これが失敗に終わったら、アルゼンチンはボールの保持で時計を進めさせ、そのまま試合を終わらせるだろう。