■140年前の「産声」

 時代はいまから1世紀半近く前、1880年代の英国にさかのぼる。日本でいえば明治10年代から20年代にかけてのことである。1863年にフットボール・アソシエーション(FA)が誕生し、近代スポーツとしてスタートを切ったサッカーは、大都市の工場で働く労働者たちに熱愛されるスポーツとなり、1871年に誕生したFAカップ(サッカー初の公式大会、FA主催)はたくさんの観客を集める人気大会となる。

 ただ1880年代、英国の社会は大きな変化を迎えていた。ビクトリア女王(在位1837~1901年)は健在で、「日沈まぬ国・大英帝国」は相変わらず世界を席巻していたが、アメリカから安いトウモロコシが大量に輸出され、オーストラリアやニュージーランドからは安い肉が冷凍船によって運び込まれることで、英国の農業が打撃を受け、芋づる式に他の産業にも影響を与え始めていたのである。まだ群を抜いた競争力があったイングランド中部の工業に向かって、スコットランドから大量の労働者が移動を始めていた。

 そうしたなか、ボール扱いのテクニックに優れたスコットランド人サッカー選手たちは、仕事を求めて移ったイングランドの町のクラブでプレーするようになり、やがてその技量の高さから、会社の仕事をしなくてもサッカーで収入を得て生活するようになる。こうした選手をかかえたクラブはまたたく間に強くなり、それまでイングランドのサッカーをリードしていた大学出のエリートたちで構成されたロンドンのクラブに代わり、FAカップの中心になっていくのである。

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