■唯一「9番」をつけた試合

 さて、東京とメキシコの両オリンピックに参加した選手は14人にものぼると既述した。だが釜本のほかには、4年前と同じ番号をつけたのは3人に過ぎなかった。DF片山洋(2番)、DF宮本征勝(3番)、DF鈴木良三(6番)。すべて守備の選手である。

 東京オリンピックで日本の攻撃を牽引し、2ゴールを挙げて「20万ドルの足」と称えられたFW杉山隆一は18番からメキシコでは17番に代えていた。35歳、日本の最年長選手で1956年メルボルン大会から3回目のオリンピック出場となったキャプテンMF八重樫茂生は、東京オリンピック時の13番から11番にしてメキシコに臨んだ。当時、多くの選手は、背番号にあまりこだわりをもっていなかったようだ。

 そのなかで釜本の「15」は異彩を放った。そして彼はこの番号を愛し続けた。彼にとっての日本代表最後の公式戦、1976年4月11日にイスラエルのテルアビブで行われたモントリオール・オリンピックのアジア予選、イスラエル戦でも、彼の背中には背番号15があった。翌年の9月に行われた日本代表としての引退試合(ペレ・サヨナラ・ゲーム・イン・ジャパン)では9番をつけたが…。

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