■豪州史上「最大」の敗退

 だが、オーストラリアのサッカー史で最も人びとの記憶に残る「敗退」は、1998年大会のものだっただろう。当時のオーストラリア代表は、イングランドの名将テリー・ベナブルズ監督の下、FWにハリー・キューエル(当時リーズ・ユナイテッド)とマーク・ビドゥカ(当時セルティック)という英国のビッグクラブで活躍する強力2トップを擁し、GKはマーク・ボスニッチ(当時アストンビラ)。2回目のワールドカップ出場に向け、自身満々だった。

 相手はイラン。11月16日にマレーシアのジョホールバルで日本に敗れて「アジア第3代表」の座を逃したチームである。イランは10月17日から毎週テヘランと外国を往復しながら「5連戦」をこなし、とくに移動に困難をともなったうえに延長戦で日本に敗れたジョホールバルから戻ってきたチームは疲労困憊の状態にあった。アウェーとはいえ、オーストラリアは休養十分、コンディションは最高だった。

 「ジョホールバル」からわずか6日後の11月22日、テヘランのアザディ・スタジアムを埋めた男性のみ12万8000人という観客数は、1977年3月に南米予選のブラジル対コロンビア(リオデジャネイロのマラカナン・スタジアム)で記録された16万2764人という最多記録に次ぐものだった。オーストラリアは前半19分にキューエルのゴールで先制、39分にホダダド・アジジに同点ゴールを許したが、「アウェーは引き分けでOK」とばかりに後半は無理して攻めず、1-1のまま試合を終わらせた。

 そして1週間後の11月29日、メルボルンのクリケット・グラウンドに8万5022人というオーストラリア・サッカー史上最多観客を集めた試合では、イランは哀れないけにえのように見えた。圧倒的にボールを支配し、攻め続けるなか、オーストラリアは前半32分にキューエル、後半3分にはアウレリオ・ビドマーが決めて2-0とリード、24年ぶりのワールドカップ出場は決定的と思われた。残り時間が15分を切って、スタンドではもうお祭り騒ぎが始まっていた。

  1. 1
  2. 2
  3. 3
  4. 4