■槙野のすごさが表れた一場面
精神面の強さが必要な日本代表においても、特に池内氏の記憶に残っている選手と、あるシーンがあるという。
南アフリカ・ワールドカップのメンバー決定が近づく時期のことだった。普段の23人よりも多めに選手を招集し、最後のオーディションが行われていた。
親善試合を行った翌日、コンディションを調整するために大学生との練習試合が組まれた。試合に出るのは、前日の親善試合に出なかった選手たちだ。W杯行きを前に、心中は穏やかではなかったことだろう。
前日にベンチに入った選手ならば、まだいい。さらに厳しいのは、メンバーにも入らず、控え組と対戦する大学生のチームに組み込まれた選手たちだ。
その、いわば「3軍」扱いとなったひとりに、槙野智章がいた。練習試合の開始を前に、スパイクのひもを結んでいた槙野の手が止まった。
「試合前に円陣を組んでいた大学生のところに走っていって、“槙野智章です! よろしくお願いします!”と頭を下げたんですよ。明らかにモチベーションを下げている選手もいたりしたのに、そんなこと普通はできませんよ。自分を律していたんですよね。思わず槙野選手に、“お前、すごいな”と言ったのを覚えています。結局、その試合では槙野たちが入った大学生チームが、日本代表の控えチームに勝ちました」
槙野の明るい性格は、ロシアW杯のメンバーに入ってもまったく変わっていないという。時には合宿初日に、真面目なベテランに「真面目にやれよ」とクギを刺されることもあったが、常にパワーを前面に放出しているだけなのだろう。
「お祭り男と言われますが、そういう仕事ができるのも、そういう人間性があってのことなんだと思います」
池内氏の言葉には、説得力があった。
<プロフィール>
いけうち・まこと 1969年、東京都生まれ。横浜マリノス(当時)やベガルタ仙台などでトレーナーを務め、2006年のイビチャ・オシム体制から日本代表のアスレティックトレーナーに就任。南アフリカ大会、ブラジル大会、ロシア大会のワールドカップ3大会を含む、在籍中の全活動に帯同した。2019年に都内に「俺の治療院」を開業し、子どもから高齢者、世界で活躍するトップアスリートまで幅広く施術。後進の育成も目指している。