■ブラジル人も憧れたトータルフットボール
余計な話が長くなりすぎた。唐突だが、今回の話題は「トータルフットボール」である。1974年ワールドカップで世界にセンセーションを巻き起こしたオランダ代表。そのサッカーを表現するために使われたのが、この名称だった。ウクライナ情勢のニュースを見ながら、遠くかけ離れた「トータルフットボール」が思い起こされた理由は、追い追いわかるだろう。
天才ヨハン・クライフを中心にチーム全員がローテーションするように動き、ポジションに関係なく全員が攻撃も守備もこなすサッカー。相手ボールになったときの猛烈なプレッシングと、互いにポジションチェンジしながらそのときそのときの状況に応じた攻撃を繰り広げるサッカーは、このワールドカップで優勝できなかったにもかかわらず、その後数十年間も世界のサッカー人を魅了し、「あんなサッカーがしてみたい」と夢見させた。
たとえば1982年ワールドカップでブラジル代表を率い、「ジョゴ・ボニート(美しいゲーム)」としてブラジル国民が熱愛する1970年のワールドカップ優勝チーム以上にブラジル国民と世界のサッカーファンの心をわしづかみにした監督テレ・サンターナも、そのひとりだった。ジーコ、ソクラテス、ファルカン、トニーニョセレーゾという「黄金の4人」を中盤に並べ、めくるめく攻撃サッカーを展開したこのときのブラジル代表があこがれたのは、何よりも「1974年のオランダのようにプレーすること」だった。