後藤健生の「蹴球放浪記」連載第61回「手作りのビザと取材許可証」の巻(2)アイスクリームを舐めながら「大統領官邸でもなんでも取材できるんだぜ」の画像
ジャバロフ氏お手製の取材許可証 提供:後藤健生
全ての写真を見る

※第1回はこちらから

誰も頼んでいないのにいそいそと取材に出かけるフリーランスのジャーナリストがこの世にいなかったら、報道されずに埋もれてしまう数々の真実がある。この試合を取材せずにいられよか。その一心で、重くのしかかる交通費、宿泊費などの経費に泣き言をいいながら、世界を股にかけるこの生業。今回、立ちはだかったのは取材許可証の壁だった。

■アイスクリームをなめながら外務省氏登場!

 ビザというのは、昔はパスポートに大きなスタンプを捺す形式が多かったのですが、最近は必要事項を記入したシールを貼り付ける形式が多くなっています。で、ウズベキスタンも最新式のシール方式だったのですが、肝心のシールが足りなくなってしまったんだそうです。スタンプ方式なら問題なかったんですが……。

 何しろ、数百人の日本人がこの国を訪れるのは、第2次世界大戦後にソ連軍が捕虜となった日本軍将兵を連行してきてタシケントで強制労働をさせていた時以来のことでした。大使館としても、そんな大量のビザを作った経験はなかったはずです。

 それで、その翌週にまた行ったら、今度は「今、作ってる最中だから待ってて」と部屋に通してお茶を出してくれました。そして、係官は僕の目の前で一所懸命にシール貼りをしていました。「手伝いましょうか?」と言ってみましたが、さすがにこの作業は外国人に手伝わせるわけにはいかないのでしょう。丁重にお断りされました。

 で、「あ、これがキミのだ」と、出来上がったばかりのビザをもらったというわけです。

 こうして僕は自分でビザを取ったので、西鉄旅行には手数料は払わないですみました。それで、取材許可証も西鉄旅行が担当したので、僕の分を作ってくれなかったというわけでした。

 しかし、ビザは西鉄旅行の担当ですが、取材許可は日本サッカー協会の仕事のはず。実務を西鉄旅行が担当したのだとしても、僕の取材許可証がないのはおかしいではないですか!

 でも、まあ、そんなことでお役所(日本サッカー協会広報部)と喧嘩してもしょうがありません。僕は自分で取材許可証をもらいに行くことにしました。

 西鉄旅行の人が担当者の名前などを教えてくれました。

PHOTO GALLERY 全ての写真を見る
  1. 1
  2. 2