■VARが起こすおかしな現象

 実は、ロハスはハーフタイムにドクターから手術用の小刀を借り、ストッキングのなかに隠し持って後半戦に臨んでいた。そしてドクターが駆けつけたとき、すばやく自分で額を切って負傷をよそおったのだ。FIFAは「サッカーに対する史上前例のない冒涜」という声明を出し、チリは失格になり、次大会(1994年)も参加権剥奪、ロハスは永久追放になり、チリ協会の会長、監督、もちろんドクター、チリの副キャプテン(ロハスはキャプテンだった)、トレーナー、用具係にいたるまで、多くの人が処分を受けた。「VAR時代」であれば、こんな悪だくみが考えられることもなかっただろう。

 VARは時代の趨勢である。昨年のJリーグで何度も感じたように、トップクラスのサッカーは、もうVARのない時代に戻ることはできないだろう。だが、現在のVARのあり方は、明らかにサッカーを楽しくするどころか、つまらなくさせている。私は、少し立ち止まって考え直す時期ではないかと思っている。

 考え抜かれて実施されている現在のVAR運用方法だが、どこかに無理があるのではないか。最終的に決めるのはピッチ上の審判員であり、VARはその名のとおり、その仕事を手助け(アシスト)するだけという根本的な考えに間違いはない。しかし正確を期すためのさまざまな取り決めや手順が、「主役」(主審)と「脇役」(VAR)の関係をゆがめているのは間違いない。もっと言えば、すでに逆転現象さえ起こっているように感じるのだ。

 ことしのJ1で、「仕切り直し」で使用されるVAR。その試合を見ながら、現代のサッカーにとって「切り札」のような手段であるVARをどう使うのがふさわしいか、ゆっくり考えてみたいと思っている。

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