後藤健生の「蹴球放浪記」連載第39回「左サイドを駆け上がるサーニャ」の巻の画像
東アジア選手権のADカード 提供:後藤健生
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旅先の病気はつらいものだ。注意を重ねていても、ウイルスに襲われてしまうこともある。ホテルが第二の自宅のようなサッカー旅のベテランは、そんなときにどう対処したのか?

■重慶ウイルス2008年バージョン

 テレビの画面にはUEFAチャンピオンズリーグのラウンド16、アーセナル対ACミランの試合が映し出されていました。アーセナルのサイドバック、バカリ・サーニャが左タッチライン沿いをしきりに駆け上がって行きます。

 2008年2月21日の未明でした。イタリアのセリエAがまだ世界最高峰リーグの一つだった時代で、ミランではパオロ・マルディーニがキャプテンを務め、アンドレア・ピルロやカカがプレーしていました。ちなみに、会場も今はもう取り壊されてしまったアーセナル・スタジアム、“ハイバリー”でした。

 僕がテレビを見ていたのは中国・重慶市にある「九号客桟商務酒店」というビジネス・ホテルの一室でした。中国大陸南部を流れる長江がちょうど嘉陵江と合流する地点で、大小数多の客船が発着する朝天門地区に位置しています。重慶を代表する盛り場の一つです。

 東アジア選手権(最近は「EAFF Eー1選手権」と呼ばれています)の取材で重慶に来ていたのです。20日の午後には岡田武史監督率いる日本代表が中国と対戦。前半18分に山瀬功治が決めたゴールを守り切って1対0で勝利しました。

 この日はある雑誌の仕事でアーセナル対ミラン戦の記事を書くことになっていたので、夜中にテレビ観戦しなければならなかったのです。

 さて、冒頭の文を読んで「おやっ、おかしい。後藤はん、もうボケてしまいはったんかいな?」と思った方もいらっしゃるかもしれませんね。そう、あなたは鋭い! サーニャは右サイドバックが専門ですから、左サイドを駆け上がるはずないんですよね。

 実は、僕自身も「なんやケッタイやなぁ」と思いながら画面を見てました。

 そう、種明かしをすれば、僕は鏡に映してテレビ画面を見ていたんです。

 なんで、そんな面倒くさいことをしたのかって? それは、トイレから離れられなくなってしまったからです。

 試合は中国時間の午前3時45分に始まるので、3時過ぎにはテレビのチャンネルを確かめて準備を整えていました。ところが、試合開始直前に腹痛を催してトイレに駆け込まなければならなかったのです。

「マズい! これじゃテレビを見ていられない……」

 そこで、僕は移動できる鏡があったのを思い出して、便器に座ったまま鏡に映った画面を見られるようにセットしました。そうしたら、サーニャが左サイドを駆け上がっていたというわけなのです。

 症状から考えると、たぶんノロウイルスによる感染症のようです。

 内陸の重慶ですから、川魚や貝類をいっぱい食べていました。それが汚染されていたというのは大いにあり得ることです。四川料理名物の山椒も唐辛子もウイルスを死滅させることはできなかったようです。

 まあ、試合を見終わる頃にはなんとか一段落。その後、トイレとデスクを往復しながらも、なんとか原稿は仕上げて日本に送ることができました。

 さて、どうしたものでしょう?

 ホテルに頼んで医者を呼ぼうかとも思ったのですが、止めました。

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