■敗戦監督の取った最終手段

「オウンゴール」にはそうした陰惨な話題もある。しかし世界のサッカー史で最も愚かで、最も「反スポーツ」的なオウンゴールは、2002年にアフリカのマダガスカルのチャンピオンを決めるプレーオフで起こった「149オウンゴール」事件だろう。

 プレーオフ出場は4チーム。全チームがこの島国(といっても日本の1.6倍ほどの国土をもつ)の首都である200万都市のアンタナリボに集まり、総当たりのリーグ戦で決めるのがこの国のプロリーグの優勝決定戦である。この年は、前年チャンピオンのスタド・オランピーク・レミルヌ(SOE)、アソシアシオン・スポルティブ・アデマ(アデマ)のほか、USA、DSAの4クラブが集まった。このうち、SOEとアデマはアンタナリボのクラブで、「ダービー」関係にある。

 大会初日にUSAを相手に不覚をとったSOEは、2日目のDSA戦は絶対に勝たなければならない立場に立たされた。そして2-1とリードして試合終盤を迎えた。この試合に勝てば、2連勝のアデマとの最終戦で勝つことによって逆転優勝、2連覇の可能性がある。ところがDSA戦の終了直前、DSAにPKが与えられたのだ。これを決められて2-2の引き分け。この瞬間、アデマの初優勝が決まった。

 おさまらないのはSOEの監督ラツィマンドレシ・ラツァラザカ(通称ザカ・ベ)である。PKの判定は不当だと執拗に抗議したが、当然のことながら受け入れられず、ついに「最終手段」に訴える。最終節、10月30日のアデマ戦での「オウンゴール作戦」である。

 試合が始まると、SOEの選手たちは相手ゴールには向かわず、せっせと自分のゴールに向かった。そしてゴールにボールをけり込むと、すぐに拾ってセンターサークルに戻し、キックオフ。再びボールを戻し、オウンゴール……。アデマの選手たちはボールに触ることもできず、ただあぜんとして立ち尽くすだけ。こうして、90分間が終わり、「アデマ149-0SOE」という記録が残された。

 この日、アデマの「完全優勝」を見ようと集まったファンは約1万人。サッカーとは呼べない茶番劇に怒るのは当然だった。試合終了を待たずに窓口に詰め掛け、騒然とした雰囲気になったという。

 それにしても、90分間で149回、ほぼ35秒に1回のオウンゴールとは……。この執念はいったいどこから出てきたのだろうか。当然、「ザカ・ベ」は3年間の出場停止となり、GKを含む4選手にも出場停止のペナルティーが科せられた。

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